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[M&A] 香港、地上波テレビ局ATVへの中国資本参加

ATVの買収劇

1957年の開局以来、長期の経営赤字が続いている香港の地上波テレビ局、アジア電視(以下:ATV)だが、先ごろ、台湾大手製菓会社、旺旺グループの蔡衍明氏とATVの筆頭株主の査懋声氏の間で、「決議権獲得をめぐる両者の争い」が起こり、そして、このニュースは、世間でも広く知られることとなった。

ATVの筆頭株主は、査懋声氏であったが、2010年3月2日に王征氏と査懋声氏は、株式売買協定に合意し、同年3月11日に、この王征氏が主幹となり、「中国の五大代表企業」と「ATV」は、「戦略パートナー協定」を締結した。その数日後の3月15日に、王征氏は、「特別ゲスト」「ボランティア」の身分で、ATVの重要な活動にも出席している。但し、マスコミが、記事に掲載した時点で、HK Broadcast Authority(管理局)は、未だ、ATVの株式譲渡申請について受理していなかった。

このニュースにより、3月8日に、台湾大手製菓会社の蔡衍明氏が、ATVの筆頭株主である査懋声氏を相手取り、法廷に訴えを起こした。

突然、現われた王征氏とは?

さて、ATVの買収の話題で、突然に現われた王征氏とは、どんな人物であろうか?

第11回全国政協委員の名簿上での彼の紹介文には、「王征、男、漢族、民革中央委員、北京市副主委、全国青連常委、栄豊集団董事長」と記載されている。
実際、彼の経歴は、こんなに簡単なものではない。

今年、47歳の王征氏は、上海の名家出身、1981年、優秀な成績で華東師範大学に入学し、ロシア語を専攻した。その後、学業は諦め、1990年、単身で香港へ渡り、仕事を始めた。最初は、月給HK$5,000の事務員だったが、その働きぶりを上司に認められ出世した。彼は、そして、不動産売買によって、HK$200万という大金を、彼の人生で最初に得た。

1992年、王征氏は、上海へ戻り、香港での不動産投資で得たHK$200万を資本として、上海に投資し、1.75億人民元を得た。そして、重慶、杭州、北京などへ事業の場所を開拓していった。

不動産投資で彼は成功を収めたが、新たな分野への投資の意欲は旺盛で、将来は、テレビ局へ投資をしたいと語っていた。

ATVの国有化?!アジアのCNNに

話を文頭に戻し、2010年3月11日、ATVは、中国の大企業の中でも、代表となる5つの大企業と「戦略パートナー協定」を締結した。

当該5つの大企業は、中国国務院に直属した中央企業で、①中国人籌、②招商銀行、③中国海外集団、④粤海控股集団、⑤北京銀行である。これにより、マスコミは、「ATVの国有化(中国化)の色が強まったと報道した。

王征氏は、戦略パートナーとなった5大企業の董事長たちとプライベートでも交友が深いが、彼は、5大企業以外にも、政財界の大物たちを百名近く招待して、交友を深めている。

王征氏の初期投資は、20億香港ドルであるが、今後も、ATVの全株式を購入する予定で、20年をかけて、ATVをアジアのCNNにすると宣言している。

王征氏の資力

中海集団の董事長、孫文傑氏は、「王征氏は、20億人民元を投資して、ATVの50%以上の議決権を個人名義で購入することになるだろう。中海集団は、もし、王氏が現金が必要であれば、王氏の中国及び香港における不動産業務を全て中海集団が現金で購入することも視野に入れている」と表明した。但し、王氏の資産がどのぐらいあるのかは、ベールに包まれている。

王征氏が保有している榮豊控股集団の市場価格は、23億人民元といわれているが、王氏によると、2004年に、上場前の北京銀行の株式を購入、北京銀行上場後に、60億人民元を得ることに成功した。

ATVの買収の歴史

元々イギリス人の資本により開局したATVだが、開設当時から、買収が繰り返されてきた。イギリス資本で開局したが、親会社の海外投資が失敗したため、1981年に当時の61%の株式をオーストラリアの財団がHK$1.2億で買収した。

しかし、その翌年になって、50%の株式を香港の遠東グループ、邱徳根氏がHK$1億で獲得した。 そして、同氏は、1984年に、HK$5千万を投入して、ATVを完全子会社にした。

1988年、HK$4億超の資金調達のために、香港財閥の鄭裕彤氏(新世界グループ)と林百欣氏(麗新グループ)へ、邱徳根氏から1/3ずつ、株式を売却した。
経済の発展に伴い、ATVは“現地資本化”されたと同時に、設備投資や人材育成に大量の資金が投じられ、“香港、2大テレビ局全盛”の時代を迎える。

しかし、翌年に邱氏、鄭氏とも徐々に支配権を譲り、1994年に林氏がATVの筆頭株主となった。オーナーがコロコロ変わっていったことが、テレビ局の運営にも大きく影響を与えた。当時は、一時的ではあったが、競合先のTVBより視聴率が上回った時期もあったのだが、経営状況の悪化は深刻で、90年代後半から、経費削減の為に自局制作のドラマが次第に減少し、2000年代に入ってから、自局ドラマ制作は完全に廃止された。バラエティ番組の制作も中止、長期低迷状態が続くことになった。

筆頭株主であった麗新グループ(林氏)は、アジア金融危機により、財務危機に直面し、2000年に中国大陸の企業家封小平氏を始め、劉長楽氏(香港上場のフェニックス衛星テレビCEO)、陳永棋氏(香港区人大代表、香港中華製造業協会会長)に株式を譲渡し、ATVの支配権を譲った。

2002年、筆頭株主の封小平氏がCEOを辞任し、株式を劉氏(当時、46%のシェア)と陳氏に売却した。しかし、劉氏は、かつては、中国解放軍で、中共中央宣伝幹部だったという経歴から、ATVの報道の自由が損なわれたと批判された。その後、2006年に中國國務院に直属した中信グループの子会社僑光集團が劉陳両氏より第3者割当新株発行を含めて約22%の株式を獲得した。

2007年にATVの株主構成が再び変わって、オランダ銀行のABN AMBRO(47.58%、その後査氏に譲渡)と查懋声兄弟(香港興業グループ)(10.78%)が支配権を握って、劉陳両氏のシェアが26.86%まで、そして中信グループが14.81%となった。

2000年代後半になって、ATVのCMスポンサーは、中国企業が目立ち、まるで中国中央テレビの“CCTVのチャネル10“だと揶揄され、さらなる人気低迷となっていた。

2008年末に、PCCWの副総裁や香港ブロードバンドのCEOをATVの経営陣に招いて、会社ロゴも一新し、組織革新を図った。だが、数日後には経営陣の一部が辞職声明で混乱が生じ、結局新たに就任したCEOが辞任し、一旦辞職声明した経営陣は留任することで決着した。これは、新たに招いた経営陣が、ATVの中国寄りの報道姿勢を批判し、香港独自の視野での報道を目指すと宣言した事が、親中派オーナーの反感を買った為とされている。

2009年に、台湾のメディア事業(中天テレビ)を保有している旺旺グループが株式の購入で資本参加(HK$10億、)したことにより、ATVの資金不足問題が解消された。同グループのノウハウを借りて知識、教養、文化路線の番組を強めるなど、より幅の広い視聴者層の獲得を目指したが、経営改善の効果は得られなかった。

ATVの課題

香港には、地上波テレビ局が2局ある。ATVとTVBだが、現在、視聴率の90%以上は、TVBが占めているといわれている。ATVは競合先TVBとの格差が依然として大きく、すぐ追い着くことが困難である。

更に、視聴者争奪の競争は、2009年に香港ケーブルテレビ(財閥会徳豊グループ)、NOWテレビ(PCCWグループ)も地上波放送免許獲得の方針を表明し、新規参入したことにより、厳しくなってきており、ATVは、今後、より一層の経営努力をしなければならないだろう。

新たなオーナーである王氏が宣言した“アジアのCNNを目指す”という構想は、ATVの企業方針として非常にポジティブではあるのだが、そうなるためには、課題が多そうだ。

Sinaニュース:“王征、アジアのCNNを創る?”及び財経日報より)