香港 香港会計税務
[香港会計税務] 香港における組織再編時の心得其の一
日本企業のアジアへの進出は、かつては香港を足掛かりとして、製造拠点として中国への進出が活発であった1970年代後半・1980年代前半から約30年、来料加工廠(非法人型加工貿易工場)の独資化が進み、中国への投資は以前と比較し落ち着いた感覚があるものの、現在も東南アジアを中心に留まるところを知りません。一方で、継続企業として生残る術としてや事業承継に起因する、日本企業の他社との合併やグループ内組織再編もまたしばしば見られ、それに伴い、日本企業が古くから多数進出している香港においても、香港株式の移転や組織再編が発生しています。このようなグループ内組織再編時の香港株式の移転や香港での組織再編が起こる場合の、日本親会社での課税関係はもちろん、香港での課税関係を押さえておくことは重要な項目となります。ここでは、合併制度の具体的な法規が存在しない香港でのグループ内組織再編時に用いられる、事業譲渡に係る課税関係と考慮すべき項目について整理しています。
香港に100%子会社を所有する日本親会社H社が、同じく香港に100%子会社を有する同業他社のV社を日本において吸収合併(以下HV社とします)し、その結果、お互いの香港子会社が兄弟会社となり、併存している中で、グループ内組織再編上、香港に存在する子会社を1社に集約するため、V社の香港子会社(以下X社とします)からH社の香港子会社(以下J社とします)へ全資産及び全負債を事業譲渡し、ペーパーカンパニー化したX社を解散(登記抹消もしくは清算)するケースについて、解散手続きまでに勘案すべき項目を下記の通り解説します。なお、X社は中国に100%子会社Z社を保有しているものとします。
1. X社のデューデリジェンス実施の必要性
デューデリジェンスとは、一般的にM&Aの際、買収の対象となる企業や事業の価値、収益性や税務・法務リスクを含む実態を把握し、M&Aを実施するか否か、実施する場合の買収対価の意思決定、M&A実行後の買収対象会社の経営戦略立案などのため、実施される専門家による調査のことで、事業・法務(労務)・財務・ITデューデリジェンスなどがあります。今回のケースでは既に日本親会社同士での合併手続きが完了しているため、その時点で各種デューデリジェンスを実施していることが通常であり、その完全子会社であるX社の事業を、その完全子会社であるJ社へ譲渡する際にデューデリジェンスを実施することに対し、任意性が高まることとなります。また、そもそもグループ内組織再編に係る税務上の取扱いとして、日本では適格組織再編、中国では特殊税務処理というように、簿価譲渡が前提となることを考慮し、香港では合併制度がないが故に事業譲渡と登記抹消、もしくは清算手続きを踏むことを勘案しますと、少なくとも財務デューデリジェンスの実施に任意性が高まると考えられます。
2. 事業譲渡契約書の作成
合併制度の具体的な法規が存在しない香港には、全事業を一括して移転させるための具体的な手続きもまた存在しないため、全資産及び全負債を個々に特定し、移転させる必要があります。従って、株式譲渡の場合と異なり、知的財産権などの無形資産や不動産の登記状況も確認の上、移管される全資産及び全負債の個々の詳細を事業譲渡契約書上に明記する必要があります。また、雇用契約についても、譲渡者から譲受者に自動的に移転されるわけではないため、譲渡者と従業員との間の雇用契約を終了し、譲受者と従業員との雇用契約を新たに締結することとなります。
3. 全資産及び全負債の事業譲渡時の課税関係
香港の利得税(法人及び個人事業)は、香港で事業を行う者に課され、納税者の居住性による区分はなく、大原則としてその課税範囲は、「香港での事業活動から生じる香港内源泉所得」、つまりはレベニューネイチャーの損益と規定されており、一方でキャピタルネイチャー(資本的性質)の損益は、非課税取引として取扱いを受けることが一般的となっています。香港税務条例上、キャピタルネイチャーとしての取扱いを受けるための明確な判断基準は規定されていないので、資産の取得から譲渡に至るまでの目的・経緯及び保有期間などを判例と照らし合わせ、総合的に勘案されることとなりますが、グループ内組織再編のみが目的で、かつ全資産及び全負債を簿価で譲渡する場合、譲渡者及び譲受者ともに譲渡損益が発生することもないため、課税取引となる可能性は低いと考えられます。しかしながら、譲渡者が固定資産を所有していて、会計上の簿価より税務上の残存価格の方が低い場合、それまでに税務上享受してきた減価償却費については、当該簿価まで戻入れをする必要が出てくる(Balancing Charge: 結餘課税)ため、当該戻入れ金額が、譲渡者の課税対象利益を構成することとなる点に留意が必要です。
次に、X社が香港内に不動産を所有している場合、当該不動産も簿価でJ社に譲渡されることとなり、通常印紙税課税取引に該当しますが、グループ内組織再編時の香港株式譲渡や香港内不動産譲渡の場合、一定条件を満たすことを前提に適用される印紙税免除規定が存在します。同一親会社の持分が90%以上の子会社同士の譲渡取引であり、かつ当該譲渡取引後2年間は先述の関連会社としての関係が保たれ、さらに当該譲渡取引後2年間は当該不動産を非関連者へ譲渡しないことなどを条件に、原則として免税となるため、今回の事業譲渡時点では免税となる可能性があります。なお、当該条件に当てはまらない場合は、1.5%~8.5%の印紙税(Ad Valorem Stamp Duty: 従價印花税)を課される可能性があります。
また、先述の条件に当てはまらず、かつ当該不動産が居住用不動産である場合、先述の従價印花税に加えて、香港法人が譲受ける際に15%の印紙税(Buyer’s Stamp Duty: 買家印花税)、短期での売買と見なされる場合は5~20%の印紙税(Special Stamp Duty: 額外印花税)も加算される可能性にも考慮が必要となります。
また、X社は中国に子会社Z社を所有しているため、当該持分もJ社へ譲渡されることとなる際、香港側では簿価譲渡であろうと時価譲渡であろうと、原則レベニューネイチャーではなく、キャピタルネイチャーとして取扱いを受け、非課税取引となる可能性が高くなる一方で、中国側では、適格再編に該当し、特殊税務処理を享受できるかどうかが重要なポイントとなります(下記適用要件すべてと、適用追加要件3つのうち1つを満たす必要あります)。
◇ 特殊税務処理の適用要件
a. 組織再編が合理的な事業目的を有し、かつ税額の減少、免除もしくは納付を遅延させることを主要な目的としないこと;
b. 買収、合併もしくは分割される一部の資産または持分の割合が、一定割合(75%)以上であること;
c. 組織再編後の連続した12カ月以内に、再編資産の本来の実質的な事業活動が変更されないこと;
d. 再編取引対価の持分支払金額の割合が、一定割合(85%)以上であること;そして、
e. 組織再編において持分を取得した元の主要株主は、再編後連続した12カ月以内に当該持分を譲渡しないこと。
◇ クロスボーダー組織再編の場合の適用追加要件(うち1つを満たす必要あり)
a. 非居住企業が100%直接支配している他の非居住企業に、その所有している中国居住企業持分を譲渡し、当該持分譲渡によって企業所得税の源泉所得税が発生することなく、かつ譲渡者である非居住企業が、譲受者である非居住企業の持分を3年以内に譲渡しない旨を、中国の主管税務機関と書面で確約している場合;
b. 非居住企業が100%直接支配している中国居住企業に、その所有している中国居住企業持分を譲渡した場合;もしくは、
c. 中国企業がその所有する資産もしくは持分により、その100%直接支配する非居住企業に投資した場合。
なお、実務上は上記項目を満たしていても、特殊税務処理を管轄税務当局に承認されるケースは少なく、一般税務処理を強要され、税務当局が認める第三者評価機関による評価報告書を基に、関連資産の公正価値に10%の譲渡益課税を課されることが通常です。
4. 事業譲渡に関連するその他法規
香港では、債権者の権利を守ることを目的とした、事業譲渡(債権者保護)条例が存在します。当該条例によると譲渡者より全事業、すなわち全資産及び全負債を譲受ける場合であっても、資産と負債を取捨選択する場合であっても、株式譲渡の場合と同様、当該譲受者は原則すべての負債に義務及び責任を持つこととされていますが、事業譲渡日の4カ月前から1カ月前までの期間中に官報及び新聞での広告を条件として、当該義務及び責任が無条件で発生することはないとされています。また、譲渡者が香港で上場、もしくは公開している場合、第三者への開示や申し出が必要とされる規定が存在します。グループ内組織再編の場合、全事業を把握した上での全資産及び全負債の譲渡となるので、あまり関係のない条例とも捉えられますが、簿外債務の可能性も含めて、承継する負債を明確にするためにも、経るべき手続きと考えられます。
また、香港での労基法に当たる雇用条例がありますが、従業員の引継ぎの際、推定解雇と判断されないよう、事業譲渡日までに付与されていた権利(勤続年数、有給休暇や傷病手当など)や待遇については原則引継ぐ必要があります。万が一、余剰人員の整理が発生する場合は、先述の権利の消化、並びに解雇補償金などを支払う必要性も考えられます。
その他、H社とV社は元々同業他社のため、事業に係るライセンスは同様に取得保持していると考えられるものの、X社とZ社の間でCEPAに係るライセンスが存在する場合、当該CEPAに係るライセンスを継続使用するためには、J社とZ社の間の登記更新(名義変更)手続きが必要となります。
以上、香港でのグループ内組織再編時に実施される事業譲渡の際に、勘案すべき項目を列挙しました。香港における税務上の取扱いは、キャピタルゲインは非課税で贈与税や相続税もなくシンプル、といった情報だけで単純に考えてしまいがちですが、実際は香港でグループ内組織再編を実施する際に、勘案すべき項目は多数存在する点、ご理解頂ければ幸甚です。ウェブサイトや諸々の文献で公開されている情報をそのまま鵜呑みにしたり、日本やその他外国での経験や感覚だけで判断せず、専門家との相談を取り入れながら、慎重に進めて頂ければと思います。